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今まで書き溜めていたモノをこっそりと後悔するブログ 現在『風の聖痕SS』連載中
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神凪にて









その男の望みは唯一つ。
それは人が生きている以上必ず一度は願うことであり、
それは人の感情の中で、最も罪深いものとされるもの。


その男の望みは救いようがなかった。
それは人としても、彼の属している一族の観点からしても愚かだった。
だからこそ、そうであるからこそ『人間』といえるのかもしれなかった。



その男の望みは、



己の半身を奪い、そしてそれに気づきすらしない奴らを。
踏み躙られる痛みを知ろうともせず、嗤っている奴らを。

あの人の皮を被った、畜生どもを 


―――――殺して。


殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。


殺し尽くす。


奴らの一族誰一人残さず肉片一つ塵一つ霊子の欠片すら残すことはなく、
男女子供老人赤ん坊全て、何の例外もなく

破壊し、蹂躙し、喰いちぎり、汚濁と汚泥に塗れさせ、
苦痛と後悔と絶望の果てに―――その存在を消滅させる。

悲痛な絶叫が聞きたい。
苦悶に溺れる顔が見たい。
胸張り裂けるような慟哭が欲しい。


修羅道に堕ちた鬼の如き望み。
魔道を進む鬼畜の如き考えである。


だからこそ・・・それだけ。
ただ、それだけであった。



もう、それしか彼には残っていない。
それだけが、彼の権利であり義務でありそして絆である。
それに縋るしか彼には残されていなかった。
そしてそれを悲しいと狂っていると感じる時期を、とうの昔に通り越していた。


そうであるが故に、彼は決して自分を許せなかった。


だからその男は、それを達成するために境界線を踏み越えた。
だからその男は、決して触れてはいけない禁忌に手を触れた。
だからその男は、未練を棄て全てを棄て―――己さえも棄てきった。






だからその男――――風巻流也は、その日、人間をやめた。







■ ■ ■



その日神凪本邸は和麻の噂で持ちきりだった。
分家の術者、慎治が仕事で和麻と鉢合わせたというのだ。



「おい、知っとるか。なんと和麻が日本に帰ってきとるらしいぞ」
「ほう、あの無能が帰ってきていると…。くく、いまでもちまちまと風術なんぞをやっとるのかのお」
「いや、俺は黒魔術師になったと聞いたぞ。あいつがまともな術者になろうとしたら、悪魔に魂を売るぐらいしか方法があるまい」
「まあ、しょうがあるまい。所詮あやつは忌み子じゃ。それも仕方があるまいよ」
『あはははははははははははは…………』



そして、慎治の報告を聞いた長老達は、その話をいたく歓迎した。

なにしろ、長老というのは基本的に暇人である。仕事も碌になく、
ただ漫然と、日がな一日茶でも飲んで、世方山話に興じる。
それが彼らの日常であった。
そして、だからこそ彼らはその報告を喜んだ。その倦んだ日常の中に一石を投じるかもしれないネタが手に入ったのだ。
故に見過ごすこともなく、進んでその話を誇張していった。


―――曰く、


『和麻が黒魔術師になって帰ってきた』 
『和麻は人知れず殺され、裏庭に埋められていた』      
『和麻は結婚して子供が出来ている』     
『和麻は風の精霊王と契約した。いや、邪神とだ』




誇張がさらなる誇張を呼び、誰もその話を信じるものはいなかった。


彼らにとって和麻とはその程度の存在でしかなかった。道端に石が転がっていて、それを気にする者など誰もいないように、和麻を気にしているものなどいるはずもなかった。
彼らの認識では、所詮和麻は宗家の出来損ないであり、
そして、あってはならない異端であった。

炎術も碌に扱えず、彼らにとって下術である風術を操る。そう、神凪の宗家に生まれながらにしてである。和麻は神凪という組織の中で、どうしようもない異分子であったといえるだろう。
殊に、風牙という下部組織を持ってきるだけあって、その異端さは否がおうにも目立ってしまう。それは例えるならば、真っ白い布地のなかに小さな黒い汚れがポツンとあるようなものだ。
そう、汚れだった。

少なくとも彼ら―――神凪にとって
和麻は正しく『汚れ』そのものであった。







■ ■ ■






「……くそっ。こんなはずではなかったのに」



悔しげに焦りを含んで漏らされた声。

結城家の末子、慎治は今の現状に焦りを感じていた。
あの日、和麻に遭遇した日のことを思い出す。慎治はその後、急いで本家に帰り、己の不安を解消するために長老達に報告した。
和麻の危険性、そして和麻の力の強大さを。
そう、慎治は危機感を感じていたのだ。
いや恐怖と言い換えてもしれなかった。


思い出す。和麻の操った風の非常識さを。


あれはたかが風術などというレベルではなかった。
あの時和麻が行ったことは同じ精霊術士として驚愕に値することであった。そう、あんな、あんなものが存在している―――ありえなかった。
あれの前では分家の炎などいくら集まっても意味を成さない。
いや、もしかしたら宗家の炎すら超える―――


恐怖だった。かつて自分達が和麻にしてきた行いを思い出す。

殴り、焼き、蹴り、嗤い。
そして、その挙句に殺しかけたことすらある己の行いを。
そうだ、殺されても文句が言えないようなことを散々してきたのだ。
そしてその和麻が自分達の想像を超えた力を身につけて帰ってきている。絶対者として帰ってきている。


身体が震える。恐怖が己を縛り付ける。



「だが、それはいい。まだ、それはいい。……そう、そんなことよりも」


慎治は狂ったようにボソリボソリと呟く。
震えは収まらず、歯の根までもが噛み合わない。
寒気を通り越した絶対零度の冷気が身体を包んでいるようだ。


「っそうだ、そん、そんなことよりも……あ、あの、和麻の眸は」

あの、和麻の黒い、漆黒の双眸。
狂えるような虚無すら物足りない、闇色の瞳。
脳裏に焼きついたその視線がどうしても剥れない。


怖い。


どれほどのことがあれば、
どれほどのことがあれば、あそこまで人は壊れることが出来るのか。
いや、壊れてなどいないかもしれない。
そんな生易しいモノではない。

あれはもう―――――終わっている。
もう、どうしようもなく行き着いてしまっている。
殺気も、憎悪も、怒りすらもなく、一切の不純物が混じらない透徹とした終焉の具現。


怖い。


いったいどうすれば、どのような経験をすればあんな眸が出来るのか。
例え、家族を殺され、全てを失くしたものでもあのように終わってはいないだろう。
全てが毀棄され、消却され、抹消され、……いや、この世にある清濁全てを混沌として飲み干したかのようにも感じられるその眸。
いったい、あれは何なのか。

あれはもう、人間の範疇ではない。
あそこまで行き着いてしまったものを人間と呼ぶものはいない。
あんな化け物すら笑って壊してしまうであろう男をいったい何と呼称すればいいのか。



怖い。




そう、どうしようもなく怖い。


そしてだからこそ、焦らないわけにはいかなかった。
長老達の軽率さに怒りすら沸いていたかもしれない。
慎治の報告がおもしろおかしく噂にされてしまい、このままでは有耶無耶になってしまうだろう。しかし、謹慎を先の仕事の咎で命じられているために、動くことさえままならない。



そしてそんな時だった。
慎治達分家にとって、神ともいえる絶対的存在である宗主、神凪重悟からその時の話を聞きたいという命が下ったのは。




■ ■ ■




「では、ご報告させて頂きます……」



慎治は額を畳に擦り付けるほど平伏していた。
緊張のあまりに汗が浮き、呼吸が乱れる。
分家の術者にとって、宗家の人間は端的にいえば神である。

そもそも神凪直系の血筋を引く者達を人間の範疇で考えることが間違っているのだ。
念じるだけで空すら焼き、太陽さながらの天災を個人の意思で操る
そんな、絶対的な存在を相手に叛意など抱けるものではない。

その神にも等しい自身の絶対的上位者である重悟の前で、無様な失敗談を語らなければないのだ。
慎治が緊張するのも無理はないと言えるだろう。

だが―――それでも報告せねばならない。

あの和麻の危険性を。あの和麻の恐るべき風術を。
それだけを胸に、慎治は己の体験したことを、和麻のことを、全てありのままに重悟に報告した。












「……そうか」


一方、慎治のその報告を受けた、神凪一族現宗主、
神凪重悟は静かに和麻が神凪にいたころの過去を回想していた。


(……哀れな子供だった。)


炎術の才がないために、無能者扱いされ、
炎術の才がないために、実の親からも捨てられた。
本当に無能者だったというわけではない。
むしろ逆だった。知能に優れ、運動神経も良く、術法の修得においても秀でた才を示した。そしてなによりも異才だったのが風術を操る力だった。『継承の儀』において綾乃に勝つほどの、神凪に生まれ出はずのない、ありえない異端。

・・・だからこそ和麻には居場所がなかったのかもしれないが。


だが重悟は思う。



(何故、私を頼らなかった、和麻。家を捨てる必要などなかったのだ。
私ならばお前の居場所を作ってやれた。
厳馬が何を言おうと、炎術にこだわらず、お前の才を生かしてやれたというのに。)


しかし所詮仮定の話だ。時計の針を戻すように、時間を戻すことはできない。和麻は、性を捨て、家を捨てそして神凪全てを捨てて日本を離れた。
変えようのない、どうしようもない現実だった。



(いや、違うな。これは当然の結果かもしれん…)



厳馬が和麻を勘当しなくても 結局は和麻は神凪をいつか捨てただろう。重悟にはそう確信するだけの理由があった。

和麻は殺されかけたことがある。他でもない神凪の術者によって。
あれは和麻が10歳の時の話だ。 その当時、未だ風術の才が芽吹いていなかった和麻は、その小さな体に人の負の感情を一身に受けてきた。
神凪の血には、分家、宗家にかかわらず炎の精霊の加護を受ける。
故に炎とは、彼らにとって脅威ではないのだ。だが、和麻は違った。
神凪の宗家に生まれながら、炎の精霊の加護を受けていない―――異端。

そして、あの事件が起こったのだ。

皮膚体表面の3割が火傷によって死滅し、無数の打撃による内臓の損傷。
もし、そうもしあのとき後少しでも、応急処置が遅れていたら確実に、和麻は死んでいただろう。
それほどまでにひどかった。
そしてそのあまりの惨さに重悟は激怒した。
和麻をこうまでした分家の術者、そしてこうまで狂っている神凪自体を。だが―――なによりも許しがたかったのが自分自身だった。

宗主という立場でありながら、この事件をくい止められなかった己に。
そして、このような神凪を未だ変革できていない己の無力さに。

重悟はその事件の後始末―――分家の者達の処分―――を終えた後、和麻の見舞いに行った。そして、和麻のあの言葉を聞いてしまったのだ。





    ”―――何故、俺は生きているんですか。”





何も、なかった。
和麻には何もなかった。

死にかけたことに対する恐怖も、それを為した分家の人間に対する憎悪も。
そんな、当たり前の感情がすっぽりと抜け落ちた表情をしていた。
そして和麻は、己が生きていることを心底不思議そうに重悟に聞いてきたのだ。

『何故、己は生きているのか?何故、あのまま死なせてくれなかったのか』と。

人の醜さを知り、そして己の醜さを知るが故に誰にも甘えようとはしなかった少年は、壊れかけていた。それは末期のガン患者のように、この世に何の希望を持っていない眸。いや、それでもあのような眸をしていないであろう。
あのような曇り濁った死人のような瞳を。

その、あまりの空虚さに絶句したことを重悟は覚えている。

あの幼かった少年に、そこまで絶望を抱かせたのが神凪ならば、
あの幼かった少年が、神凪を捨てるのも当然の帰結といえるだろう。

重悟は、自嘲しつつそう結論付けた。




「………宗主?」



気遣うような声が、重悟を思考から現実へと引き戻した。
周りを見渡せば、皆、気まずそうな顔をしている。

無理もない。この中で和麻を虐めなかった者など誰もいないのだから。
そして、それは虐待を止めなかった大人、ひいては自分の責任でもあるだろう。

広間に突き刺さるような静寂が支配する。
だが、そんな中でただ一人和麻の父――いや、元『父』である厳馬だけが違った。



「宗主。お気にめさることはありません。和麻は既に神凪とは縁なき者でございます」
「・・・厳馬、そなたは自分の息子を」
「何もおっしゃりますな。そもそも私の息子は煉ただ一人。和麻などという者はおりませぬ」



宗主の言葉を遮り、厳馬は平然と言い切った。
重悟は、厳馬が不器用ながらも和麻を愛していたことを知っていた。
そしてだからこそこの男の不器用さが許せなかった。そう実の息子すら守れない愛など何の意味はない。

だが、それを此処で追求しても、もう何の意味もない。
もう、和麻は神凪にはいないのだから……。

重悟は胸の中の苛立ちを決して表に出すことはなく、話を変えた。



「もうよい。和麻は結局、風術師として大成したのだ。神凪を出て正解だったのかもしれん。…それとも兵衛、お前のところに預けていれば、よき力となったか?」

「…確実になったでしょうな」


下座に居た風牙衆の長、兵衛は、ムッツリと答えた。


「…あの時点―――『継承の儀』の時点で、和麻殿の風術に力量は、我ら風牙衆の者全てを凌駕しておりました。それは、和麻殿があの試合でも証明為されたことです。それは宗主も御覧になったはず―――」

「―――畏れながら」


兵衛の弁をさえぎるように厳馬が口を出してきた。
そして、その言葉に込められていたのは隠そうともしない侮辱だった。


「畏れながら、風術など所詮―――下術。炎術の補佐をするのが関の山でございます。いくら風術を極めようが、どこまでいっても戦闘には向きませぬ。まして風牙衆などに預けるぐらいならば、勘当して正解だったでしょう」



己の技を公然と侮辱され、兵衛は屈辱に顔をゆがめる。しかし誰も兵衛の顔など見てはいなかった。
そもそも戦闘力に至上の価値を見出す神凪一族にとって、探知・戦闘補助を役割とする風牙衆の地位は限りなく低い。
厳馬の言葉は暴言ではなく、神凪では共通の認識に過ぎなかった。


「…………この話はここまでにしよう。飯が不味くなる」


それは重悟の本心であった。
そしてその重悟の言葉に、皆明らかにホッと顔を緩ませた。
そして示し合わせたようにたわいのないジョークを言ったり、笑いあったりしながら緩やかな雰囲気に戻っていく。
だが、そんな中で先ほど公然と侮辱された兵衛は頭を下に向けて、自分の耳にすら届かないほどの大きさでぼそりと呟いた。


「貴様らが…、貴様らが…そのように腐っているから流也は………!」


目に浮かぶは冥い光。
そして、どうしようもない現実に苦しむ痛みそのもの。
その果てに――――行き着いた絶望と憤怒。

兵衛は、もう戻りようがない息子の結末を
抑えようがない怨嗟とともに吐き出した。








■ ■ ■







同日の深夜。
闇が電気の光すらも重く縛り上げる、逢魔刻。
その粘性の闇のプールの中を掻き分けながら、慎治は必死に逃走していた。


「はっつ、っひゃ、っはっ、な、何だっ。何なんだっあれは!!!」


走りながら絶叫する。


まず、同行していた二人―――神凪の分家の術者がやられた。
音もなく、殺気も、何の気配すら感じられず、瞬きする機会さえ与えられずその二人は首を飛ばされた。
『そいつ』は指一本動かしていない。それなのに、冗談のように勢いよく首が刎ね飛ぶ瞬間を、慎治ははっきりと目撃した。いや、させられた。
そして次に理解したことはそれが風術によるものだということだ。

恐ろしいほどに高密度に圧縮された風の刃。『ゴトッ』と首が地面に落ちた音だけが聞こえた。
その二人を苦もなく殺した『そいつ』はその二人の首を持ち上げて

美味そうにそれに喰らいついた。



「……じゅ、がふ、―――」



バキンっと頭骸骨が割られる音が聞こえ、『そいつ』はそれに喰らい付いた。
まるで西瓜を割るかのように二等分された頭蓋骨からじゅるり、じゅるりとすすっていた。裂けた皮膚から血が溢れだし、そのべっとりとした暗い紅色の下に、打ち砕かれた頭蓋骨の破片さえ覗いていた。

脳膜すら破れ、傷口からは、血とは明らかに粘度の違う液体が溢れ出していた。
嚥下する喉。零れ落ちる脳漿。ただ獣のように一心不乱に喰らっている。

慎治は動けない。
目の前に現れた奇怪なその光景から逃げられない。

やがて顔の判別もできないほどに喰われ尽くし、
骨と皮だけになった頭部を放り投げると『そいつ』は慎治のほうをゆっくりと向き、


「…不味い。不味過ぎる。
……さ、て。どうだろうなあ、お前は、
美味いのかそれとも不味いのか……多分、不味いんだろうが、な」


――髪の毛と脳漿と血を口に纏わり付かせながらにたぁっと哂った。




そして自分がメインディッシュとしてこれからこの化け物に『食われる』のだと慎治は悟った。 悟らざるえなかった。戦おうだとか、こいつは誰だとか、そんな余分なことを考えは浮かんですらこなかった。

だから、恥も外聞もなく逃げ出した。
自分が退魔士であることなど関係がなかった。

あれは捕食者だ。
そして自分はただ喰われるだけの獲物。
化け物。確かにあれは人の形をしている。
だが、あんなものが人間であるはずがない。



そしてだから今、慎治は必死に逃走していた。
そして『そいつ』はその様子をただ喜悦の視線で眺めて、ゆっくりゆっくりと慎治を追い詰めていった。



「―――――」




『そいつ』が何か喋っている。
だが慎治はただ逃げる。己に襲い来る死そのものから逃げ続ける。



「―――」



『そいつ』が楽しそうに嬉しそうに哂っている。
逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。
逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。
足が切り落とされた。痛みすら感じない。這って逃げる。逃げろ。




「――」


『そいつ』が足音すら感じさせず、風を纏って歩いてくる。
逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。次は腕が切り落とされた。もう這うことすらできない。それでも逃げる。逃げる。
死にたくなかったら逃げろ。死ぬ気で逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。そして――――遂に追いつかれた。



 . . . . .
「つかまえた」
「あ、あ、、ああああああああぎゃふあ」




首を捕まれて、四足が欠けた状態の慎治は高々と『そいつ』に持ち上げられた。
黒い風によって負わされた傷からはどういうわけか血の一滴も流れていない。
そして『そいつ』はその傷口を舐めるようにして検分した後、
冷たい双眸を慎治に向け、大きく口を開いて、







     「それじゃあ―――――いただきます」







漆黒の闇風が世界を蹂躙する。
そして慎治の苦悶と、生きながら咀嚼される悲鳴が、その闇の中、長々と尾を引いた。










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現在「風の聖痕」の二次創作を連載中。色々と荒削りなヤツですが楽しんでもらえたなら幸いです。


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