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今まで書き溜めていたモノをこっそりと後悔するブログ 現在『風の聖痕SS』連載中
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そして六年後。





父は自分の誇りだった。



誰よりも強く、誰からも尊敬されている父。
そしてその雄雄しく、冷たい背中。
きっといつか父のように――強く。何にも屈しない父のようになりたい。


父は自分の誇りだった。
あの冷たく、偉大で、大きな父の背中を見ながら思った。



いつか――








■ ■ ■








「………ありえねえ」




そう、まさにその屋敷はありえなかった。
極彩色に塗りたくった壁。周囲との調和をぶち壊すその奇天烈なデザイン。そして、何故か屋根に飾られた金の鯱。

極めつけは西洋風の薔薇園の中央にドカンと鎮座する、依頼人―――坂本、ええとなんだったか、とにかく気色悪いマッチョの銅像。
その全てが織り成すこの世のものとも思えぬ異形の屋敷に、『八神』和麻は戦慄していた。



(こんなん、反則だろうが…)



頭が痛くなる。
あまりの異常さに、この屋敷を精神鑑定させたらどうなるだろうか。と考えた。

――考えるまでもなかった。想像してしまい身体が震える。
それともここまで悪趣味なのは前衛芸術とかいうやつなのだろうか。
だとしても…これはあまりに先鋭的すぎるだろう。

和麻は眩暈がして、重く溜息をついた。



「………帰りてぇ」



だが、そういうわけにもいかない。

これが日本での初仕事である。
『なんとなく』で依頼をすっぽかしてしまったら確実にこの先仕事を干されてしまうだろう。こと拝み屋、退魔士の世界は信用が第一であり、和麻は海外ならまだしも、日本では無名に近いのだ。

それに自分一人の生活ならまだしも、今は、悠里がいる。
妹であり、娘でもある、和麻にとってなによりも大事な人が。



「・・・『労働の 辛さが沁みる 仕事前』ってか」



季語が入っていない心の俳句を呟く。
きっと全国のサラリーマンのお父さん方も苦労しているんだろうなあ
と深く考えながら、重い足取りで、和麻は屋敷に向かった。

無意味に大きくて、装飾過多な正門の前で立ち止まる。


(ま、これも仕事だ。しょうがねえよなー)


全国のサラリーマンのお父さん、俺に元気を分けてくれー
などと、自分に合わないキャラで無理やりヤル気を出し、呼び鈴を鳴らそうとして――


「八神様、ですね」


前触れもなくインターホンから声が流れた。
あまりのタイミングのよさに、一瞬狙っていたのか?と、邪推してしまった。



「お待ちしておりました。どうぞ横の通用口からお入り下さい」



その言葉と同時に、門も左横のある小さなドアの鍵があけられた。
なるほど、どうやらそこから勝手に入って来いということか。


(随分とまあぞんざいな扱いだことで。……なんかやる気なくなってきた)


だがこれも仕事であり相手はお客様だ。昔から言うではないか。お客様は神様だと。つまり我慢しろ俺。一応はプロなんだから、我慢だ我慢。と湧き上がってきた不快さを抑えるために、心の中で何度も呟く。
ただ、さすがにそれにも限界があったが。


玄関に向かって歩く。
なにやらよほど後ろ暗い人生を送ってきているのか、何台もの監視カメラやセンサーの類が溢れていた。
そしてそれらが和麻の姿を無遠慮に追尾する。


(うわ……マジ帰りてぇ……)


心の底から和麻はそう思った。
和麻はもう一度、深く溜息をついたあと、案内にきたメイドに
前よりも重い、それこそ牛歩のような足取りでついていった。






■ ■ ■






(……なんでえ、マッチョじゃねえじゃん。こいつ)



始めに思ったことはそれだった。
だから、和麻は気づかなかった。
案内されたリビングには、偉そうにふんぞり返っている貧相な子男――依頼人、坂本某――だけではなく、もう一人術者がいて、
それが和麻にとって、昔見たことのある顔だということを。
その術者は、和麻の姿を認めると一瞬驚愕の表情を浮かべたが、すぐに蔑みに満ちた表情に変わった。



「…何だ、もう一人の術者とはお前のことだったのか、和麻。神凪の嫡子でありながら、無能ゆえに勘当されたお前が、よくも術者などと名乗れたものだ」



ニヤニヤとした嗤いは、粘性の悪意をもって和麻へと向けられている。
多分に説明的な台詞は明らかに依頼人である坂本に聞かせるためのものだろう。
術者―――神凪の分家である結城家の末子、慎治は実に楽しそうに和麻を罵倒した。



「どうした、たかだか風術を使える程度の無能者が。それとも俺のことを忘れてしまったのか、和麻。悲しいなぁ、昔あれほどかわいがってやったというのに。もしや力同様に記憶力までもが子供並み――ということはないだろうなあ」

「・・・・・・」



慎治のその言い方はさながら蛇のようにしつこく、またそれだけに隠しようのない悪意が充満したものだった。和麻は、何故か眉根を寄せて、難しい顔をして慎治を凝視している。

その和麻の反応を、慎治は嫌がっているものとして受けとり、嬉々として、さらに罵倒しようとして―――





「……あー、すまん。お前誰だったっけ?」





という、あまりになにげない和麻の言葉に絶句させられた。
数瞬してその言葉の意味を理解したのか、慎治は、顔を赤黒く染めて叫んだ。


「結城、結城慎治だ!キサマは名前すら満足に覚えることすらできんのか!!」


目の前の術者が、叫びながらその名を主張している。

和麻は、本当に目の前で絶句している術者の事を覚えていなかった。
予測はつく。多分、そう、多分であるが、その台詞から神凪分家の者なのだろうが…。


(でも、さっぱり思い出せん……)


そう、本当に、まったく、完璧に見覚えがなかった。
多分分家筋の連中―――特に昔和麻のことを虐待していた奴らの一人だろう。

まあ思い出すだけ無駄で、意味のない記憶なので、いつのまにか消去してしまったようだ。
そもそもそいつらのことを一人一人個別に認識していたわけではなかったので、
思い出せないのもしょうがないといえる。
だから、和麻は何の気もしなかった。
名を今覚えても、すぐに忘れてしまうだろう。
記憶に留めることすらめんどくさい。
むしろ、今日の晩飯をどうするか。悠里に嫌いな人参をどうやって食べさせるのかということの方がよほど重要だった。



「それは、本当なのかね!?話が違うじゃないか。一流の霊媒師というから、君を雇ったんだぞ!」



血相を変えた依頼人、坂本某が慌てたように詰め寄ってきた。
どうやらよほど、金が大事だと見える(それが一概に悪いとはいわないが)
和麻はその分冷静に二、三歩下がりながら、慇懃無礼に答えた。




「仲介人がどのように説明をしたかは、私は存じておりません。
ですが、最も―――」




そこで、和麻は未だ憤っているもう一人の術者、慎治の方を見やり、



「あそこで何か囀っているどこぞの術者よりは、マトモだという自負はありますので安心して下さい」
「―――なっ!キサマァ!」




痛烈な皮肉を先ほどのお礼とばかりに言い放った。
それに慎治は激昂した。彼にとって和麻は未だ『弱者』であった。

己より下位の存在。己より価値のない者。
『継承の儀』での勝利も、所詮マグレのようなモノで、
綾乃に勝ったことも和麻が何か細工をしていたとしか思っていなかった。
だからこそ許せなかった。かつて見下していた相手が己のことを覚えてないように振舞った挙句、逆に見下してきたのだ。許せるはずもない。


慎治は依頼人の前であるにも関わらず、和麻に殴りかかった。


和麻はその頭蓋骨を陥没させようかという拳を、左に体を開いて捌いた。
そして間隙をおかずに繰り出される、死角からこめかみを狙った後ろ左回し蹴りを、スッと見えているかのように寸毫の間合いで避ける。
まるで柳のようにその身体は捉えどころがなく淀みない。


「チィッ!!」


慎治は自らの攻撃を苦もなくかわされたことに舌打ちした。
そして今度もマグレだと思い、息吹を整え、気を身体に充満させ、
そして、和麻の思い上がりを破壊するためにさらに攻撃を加えようとして――









    「……っふぅ、ったく面倒だな――――――――壊すか」














―――そのあまりにも何気ない、無機質な非人間の一言に停止させられた。



「な、に?」



今、和麻はなんといったのか。

それを確かめようとして、慎治は見てしまった。
いたって普通に見える顔の中で、その和麻の黒い眸がまったくの異質だった。
睨まれているというわけではない。かといって凄まれているというわけではない。
というよりも何の感情も含まれていなかった。
それは人が人を見る眼ではなかった。


―――逃げろ、と囁かれた気がした。


その和麻の漆黒の眸は確信を以って慎治に語り掛けてくる。
壊す。――殺すのではなく。消すのでもなく。
完膚なきまでにお前という存在そのものを、破壊し尽くす。

それは虫を踏み潰すかのように。遠慮なく、容赦なく、腕を千切り、神経を燃やし、足を潰し、眼を抉り、内臓を掻き回し、脳漿を引きずり出し、細胞の一片一片、霊子の欠片すら残さず、その魂までも完璧に破壊し尽くす。

そう、慎治に語り掛けてくる。


「あ、  …………」


別に憎いから壊すわけでも、壊すことに悦びを見出しているわけでもない。
ただ、邪魔だから壊す。煩わしいから潰す。
そんな絶対に人間とは認識していない眸を、ただ静かに慎治に向けてくる。


―――逃げろ、と囁く声が大きくなった。


それはきっと壊すのだろう。
敵対するもの。楯突いてくる者。人間も、妖魔も、何の区別もせず。
平等に破壊をもたらす。
それはあまりにも慎治の知っている和麻と違う、違いすぎた。

壊される。
感情のないその瞳がこちらを見ている。
昏い、暗い、その狂えるような眸に押し潰される。


―――逃げろ、そうでなければお前は、自分は――早く、一センチでも遠く。


慎治は、自然に一歩後づさる。
自分が何故下がっているのか、そんなこともわからないまま、
何か決定的なものを押し潰されようとしていたそのとき、


「ん?―――来たか」


和麻はポツリと呟いた。

屋敷中に拡散していた妖気が、なんの前触れもなく収束を始める。
悪寒を伴った禍々しい妖気は、リビングの一点で焦点を結ぶ。
さりげなく和麻は妖気と自分との間に慎治を挟んだ。



「な、何だと?何が……」


茫然自失としていた慎治も、妖気が黒く濁りだすにしたがって、ようやく気づいた。
一瞬、慎治は和麻を強く睨むと、吐き捨てるように和麻に宣言する。



「くっ!和麻、無能者は黙ってそこで見ていろ!俺が貴様に神凪の炎という物を見せ付けてやるわ!!」
「な、何だね。どうしたというのだ」
「お仕事のお時間ですよ。あなたに憑いていた『悪霊』とやらのおでましです」


適当に解説してやりながら、和麻は尋常でない違和感を覚えていた。
既に霊視などしなくても、部屋中に充満し始めた瘴気が、ありえない異常を感じさせる。


(こいつは……悪霊なんてもんじゃないな。どういうことだ?)


和麻が依頼を受けた時、仲介人は『ただの悪霊払い』と言っていたはずだ。
軽薄そうな、だが油断のならない男だったが、実績は確かと聞いている。

彼らの仕事はある意味術者よりも信用が命だ。これほど大きなミスを犯すことなど考えられない。
ということは――


(ハメられたか? ま、いいさ。むしろ楽ができて助かるってもんだ)


もとよりやる気のないこの仕事を、進んでやってくれようというのだ。
未だ和麻の大道は「楽して人生を平凡に生きる」ことである。

和麻は軽く壁にもたれかかると、腕を組んで見物に回った。
勿論、依頼人である坂本に結界を張りながらではあるが。













慎治は『悪霊』の出現と同時に、自らの放てる必殺の炎で焼き尽くすつもりだった。

霊子ひとつ残さず、完璧に消滅させる。
強く、深く、集中する。
いつもならば、『たかが悪霊』と侮っていたかもしれない。
だが、今の慎治には、そのような慢心も余裕も残ってはいなかった。
ただ感じていることは自身への怒りと、和麻への憤怒であった。
そう、認めてはならない、あの時、和麻の眸に自分が恐怖したなどと。

絶対に認められるはずがない。あんな無能者の、炎もろくに操れぬ男に圧されたなどと。あんな出来損ないが、この自分を、嗤っている、嘲笑っているのだ。故に、自身の持つ炎を、今放てる最高の炎もって証明し覆す。

それだけを考えて、自身の制御できる最大量の精霊を召還する。



不意に、前方の空間が暗く澱んだ。
慎治は胸の前で透明なボールを構えるように、両手を向き合わせる。掌の間に小さな炎が宿った。


おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉん……


生者への無限の怨嗟、この世を呪い、妬み、憎む死者の慟哭を伴って悪霊が姿を現わした。溶け崩れた顔が暗く、昏く、黒い闇を、どうしようもない死そのものを感じさせる。



「ひぃっ」


悲鳴を上げている坂本のことなどどうでもいい。
――消滅させてやる。


「はあああぁっ!!」


轟!!
鋭い気合と共に放たれた、慎治のとって最高にして最大、
必殺の浄化の炎が悪霊に直撃する。


(とった―――!)


慎治はその手ごたえに確信した。悪霊は自身の放った炎によって浄化され、跡形もなく
滅び去った。勝ち誇った笑みで後ろを振り返る。

どうだこれが炎術というものだ。
俺は貴様のような無能者とは違う。所詮貴様は何の役にも立たん塵だ。格の違いを思い知ったか――。

悔しさと劣等感に震えているであろう和麻を想像し、嘲笑をもって見下す。だが、


「つまらん」


逆に慎治は見下されていた。和麻に、呆れと蔑みと、そしてなによりも失望を表した表情で。まるで『物』を見るかのよう、取るに足らないと見下されていた。


ぎおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………


悪霊の苦鳴が轟き、慎治は和麻の表情に固まったその時、
炎が爆発した。


「があああああああっ!?」


紅い、赤い、炎に巻かれ、慎治は絶叫した。
無意味に広いリビングが一瞬で火の海となる。


カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ


悪霊の影に隠れ、慎治の炎を喰らい尽くした妖魔が、嗤った。







■ ■ ■









和麻は、煉獄と化した居間の中、平然と立っていた。
そして和麻の後ろには坂本が恐怖に満ちた表情で固まっている。
高価な家具や絨毯も炭化し、天井に吊るされたシャンデリアもガラスが溶けて不気味なオブジェと化している。
そんな地獄の中、和麻と坂本の周りは清涼な風が取り巻き、荒れ狂う炎が近づくことさえ許さない。熱も遮断しているのだろう。汗一つかいていなかった。


「ふん、ったく温過ぎる。」


慎治の炎を思いだしたのか、和麻はひどく失望していた。

炎術士最強の一族と目される神凪一族。その炎は、空を焼き、大気を燃やし、妖気という形のない物までも、その浄化の炎で焼き尽くすといわれる。過去に火の精霊王と契約したコントラクターの末裔。三千世界の炎全てを従える、極炎の使い手達。
そのはずが―――、


(なんて、『ちゃちい』炎を操ってやがる。)


あの程度の炎、あれだけ召還に時間をかけ、あそこまで集中して練りながらあんなものしか使役できない。神凪では宗家と分家の間には天と地ほどの差があるが、たとえ分家だとしても、あれはひどすぎるのではないか和麻にはその炎がまるでライターの炎のようにしか、感じられなかった。


(まあ、どうでもいい)


この時点で和麻は神凪に対する評価を著しく下げていた。興味の段階から無関心へと。……ここだけの話、余計な手間をかけさせた慎治に腹がたっていただけということもあるが。


「き、君。早くなんとかしたまえ!!私の屋敷が燃えてしまうじゃないか!!」


後ろで、固まっていた坂本が、慌てたように喚いた。

それも当然だろう。火は今のところは部屋の中だけに止まっているものの、
すぐに屋敷を全焼させかねない勢いで広まっている。
だが和麻は思ってしまった。



(あ……それ、いいかも。このまんまこの屋敷燃やしちまうか?)



それもいいかもしれないと。いや、寧ろそのほうがいいだろうと。
…だが、それだと依頼料がもらえなくなってしまう。仕方なしに和麻は答えた。



「……分かりました。では追加料金として一千万頂きましょうか」

「な―――なんだって?」

「本来ならば悪霊退治で呼ばれたので、今回このようなことをする必要はないのですが。まあ、それはご安心下さい。きちんと処理しておきますから。
いや~あなた得しましたね。中級クラスの妖魔の相場はおよそ2~3千万。ですが、今回に限りサービスとして1千万きっかりにしときましょう。」


中級クラスならば、相場は五百万がせいぜいといったところで、そこまで金は必要ない。まあ、相場といってもそれは個々人が決めることなので平均をとっているだけだが。それに払わないといわれても、この状況では払わざる得ないだろう。
払わなければ……結界を解いて脅しでもすればいい。

そんな外道なことを和麻は考えていた。
そして坂本は少し躊躇した後、背に腹は変えられないと思ったのか、思いのほか簡単に頷いた。



「………わ、分かった。払う!払うから…早く!!」

「っまいど!!」



これだから、この商売はやめられないとばかりに悪魔の表情で和麻は笑った。
まあ金を貰った以上は依頼を遂行する。こちとらプロであるのだ。
例え客がどれだけ性格が悪くて陰険であろうと、金さえ貰えれば文句はない。



「じゃあさっさと終わらせるか。悠里も待っていることだしな」



和麻は右手を横薙ぎに振るった。その手に押し出されるようにして、荒れ狂っていた炎が全て窓の外に放りだされる。それにどのような力が働いたのか、炎は庭の草や木に何の影響も及ぼすことなく散りじりに霧散した。
そして室内には、歪んだ顔の張り付いた火の玉―――妖魔の本体だけが残った。

ひゅおっ

消え去った炎の代わりに、風が室内に荒れ狂った。
和麻は右手を妖魔に向けたまま静かに佇んでいる。それはまるで王の様だった。
この空間を支配する王。その場にいるだけで全て律する絶対者

風はただ和麻の意に従い、炎を削っていく。
圧倒的な力の前に妖魔は抵抗などできはしない。
ざくりざくりと磨り潰されるように切り裂かれてく妖魔の本体。
それは処刑だった。そして妖魔は身動き一つとれず、己に落ちてくる断頭台の刃を見上げることしかできなかった。


「…じゃあな。地獄にいっても達者でな」


その言葉を契機として、その場に集まっていた精霊が一つにまとまる。
凝縮、圧縮、そして威力の層倍。
極限まで制御された風術によって生成された玉は、台風に匹敵する力を保ちながら次第に膨らみ、やがて妖魔そのものを飲み込んだ。
断末魔も、妖気の欠片すら残さず、その名前も知らない妖魔は無へと消え去る。

そして和麻はその様子を、何とも思っていない、
ただ作業を作業として繰り返しているような、そんな無機質な瞳で眺めていた。







■ ■ ■






「ふうっ、終わりました」
「…そ、そうか、それはご苦労だったね」


和麻は一仕事終えた様な―――そのままの表現だが―――顔をして後ろで呆けていた坂本に振り向いた。坂本は、ひくりと頬を引きつらせる。もしかしたら和麻の力を恐怖しているのかもしれなかった。
だが、和麻はそんな坂本に気にせず、営業用スマイル全開で説明する。


「では、先ほどの契約どうりしめて1050万、三日以内に指定の口座に振り込んでいてください。まあ、これは分かっていると思いますが、もし期間以
内に支払われない場合は契約違反と見なして…………分かりますね?」


坂本はその言葉に引きつりながら、首を縦に振った。
その場合はこの男を敵に回すということだろう。
想像して見る。この圧倒的で超越的な男を敵に回す。
冗談ではない。そのようなこと、冗談ではなかった。


「う、うむ。分かった。しかし、結城君には悪いことをしたな。こんな大事になるとは思ってもみなかったよ」
「ん?――ああ、安心して下さい。大丈夫ですよ。まあ、論より証拠といいますか」


その言葉と共に、和麻は慎治の成れの果てらしい消し炭へと近づき、思いっきり踏みつけた。
それはもう何の容赦もなくゲシゲシと。物を踏みつけるような感じだった。
さすがに坂本も声を荒げる。


「な、何をするんだ!? 君達の間に何があったか知らないが、死体を辱めることは 「死んでません」 …………え?」
「ですから、ほら見てください。死んでいませんよ」


すると、どうしたことだろうか。
表面を覆っていた炭が瘡蓋(かさぶた)のように剥がれ落ち、ほとんど火傷してない肌が現れたではないか。
そして坂本はその信じられない光景に眼を開く。


「こ、これは?」

「神凪の例を挙げるに関わらず、精霊術士はその属性ごとの加護を持っているんですよ。私ならば風術士ですから風。地術士は地。そして炎術士ならば炎、とね。まして神凪の耐火能力は折り紙つきです。
この程度の炎で死ぬことはないでしょう。服を焼くぐらいが精々といったところですか」



和麻は丁寧に坂本に説明する。
依頼人のアフターケアも万全にしておかなければ、プロとはいえない。これは和麻の持論の一つだった。
こういったサービスが顧客層をがっちり掴み、明日の生活を助ける輝かしい糧へと変わるのだ。



「う……っぐ…………」



そうしている内に、慎治が眼を覚ました。周囲を見渡して、既に妖魔が滅んだ事を確認する。




「お前がやったのか?」
「まぁ、な。てか、お前が言うんじゃねぇよ」
「き、気づいていたのか………だが、さぼった訳じゃないぞ。本当に動けなかったんだ」
「別にどっちでもいいが……その粗末なもんさっさと隠せ。見苦しい」


そこで、慎治は自分が今一糸も纏わぬ全裸であることにきづいた。
服を全て炎によって焼かれ、その機能を果たしてはいない。そして和麻はそんな慎治を見ながら哀れそうな視線を向けている。
……主に股間のほうに。そして、「…ッフ」と鼻で笑うように和麻は笑った。



「……っぐ! 早く言え!それを!!」



それによって慎治は男のプライドを痛く傷つけられた。
そして、和麻は用は済んだとばかりに、慎治に背を向けて立ち去ろうとする。
そんな和麻に慎治は慌てて声をかけた。そう、まだ聞かねばならないことが残っている。



「何故戻ってきた?」
「私用だ」



その答えになっていない返事に、はぐらかされたと思った慎治の視線が険しくなる。



「その『私用』を聞いているんだ!そんな答えで長老方が納得すると思っているのか!!」
「うるさい。キャンキャン吼えるな。そもそも俺は勘当されただけだ。どこにいようが何をしようが勝手だろうが」

「………何を企んでいる?」
「…っふう」



そこで和麻はわざとらしく溜息をついたあと、言った。






「なんだ?お前ら神凪への『復讐』とでも答えれば満足か?」






和麻はゆっくりと慎治の方を振り返った。
そして―――その黒い眸を、ただ慎治に向ける。


それだけで、ただそれだけの動作に慎治は恐怖した。
慎治はゾクリと身体が震える。
いや、震えさえも止まった。息ができない。動くこともできない。

和麻は殺気も何も放っていない。寧ろ優しげでさえある。

なのに、そのはずなのに、


「お前らからすればそれが一番納得するか…。  なにしろそれだけのことをしてきたんだしな」


この俺に、と嗤いながら和麻は言う。
和麻は眸をただ向けてくるだけである。

狂う。
狂ってしまう。
ただ、見つめられているだけのはずが、もう自分を保てなくなる。
言葉に表せない、得体の知れない、『何か』。
どうして、どうしてこの男は、こんなにも、こんなにも。



「ふん………まあ、安心しな。そんな気さらさらねえから。それに神凪に戻る気もない。めんどいし」




その慎治の様子に和麻は何を感じたのか。
「じゃあな、精々幸せに生きな」と和麻は吐き捨てた。
それで終わりだった。和麻は今度こそ迷わずに歩き去っていく。
それと同時に慎治を支配していた恐怖も消える。だが、不安が残った。
抑えきれないほど大きな不安。そしてそれに付き纏う和麻の黒い眸。
和麻が消え去るまで指一本すら動かせず、そして息も止まっていた。



(一刻も、一刻も早く、宗主に報告せねば…………)



狂った思考の中、ただそれだけを考える。
そして、黒く焦げ焼けた部屋で、それだけを拠り所にしながら、襲い来る不安の波に耐えていた。














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