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今まで書き溜めていたモノをこっそりと後悔するブログ 現在『風の聖痕SS』連載中
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和麻は小さく溜息をついた。それは疲れからくる溜息ではなかった。
その証拠に彼は汗一つかかず、息も微塵に乱れてはいなかった。


つまるところ、彼は単純に呆れていたのだ。






「……ったく、こいつは何考えてんだか」


目の前には先ほど和麻の当身によって、意識を失っている少女――綾乃がいる。
目立った外傷はほとんどない。……まあそうなるように和麻はある程度手加減をしたのだが。和麻はその少女を気だるげに見やって、もう一度小さく溜息をついた。

―――先ほどの綾乃との戦いを思い出す。

炎術の才はさすが宗家というべきか。分家などと比べ物にならないその力は未だ荒削りではあるものの、恐らく重悟
や厳馬クラスの術者に比肩するまでになりえるかもしれない。勿論それは気の遠くなるような修練と、血の滲むような鍛錬が必要にはなるだろうが。

状況判断、術法の制御、共に未熟だが、途中の自己制御はこの歳にしては及第点が与えられるくらいには良かった。
全体的にいうならば合格の部類に入るだろう。

だからこそ和麻はする必要のなかった助言――まあ、綾乃にとってこれは苦言にしかならなかっただろうが――をしたのだ。そう、ある程度だが和麻は綾乃を認めたといってもいいかもしれない。

だが、いかんせんその後がいけなかった。

和麻に接近戦―――体術で勝負を挑んできたのだ。
これは致命的な戦術の誤りであった。
接近して炎術を使うならまだしも、体術では身体が未だできていない綾乃に勝ち目などありえるはずもない。
まして修練の度合が違うのだ。相手になるはずもなく、綾乃が負けることは自明の理といえた。

………だからこうして和麻は呆れていたのだが。


「まあ、それはいい。もう終わったことだしな。今はそれよりも――」


和麻は視線を広場の一角に向ける。
具体的にいうならば神凪一族全てが集まっている座敷を。


「こっちの方が問題か………」


陰鬱な、真実めんどくさいといった声で和麻は呟いた。











それはまさしく火のついたような騒ぎだった。

分家の連中は皆慌てふためき、宗家の人間すら信じられないといった顔で呆然とこちらを見ている。幽霊でも見たかのように顔を蒼褪めさせている者や、こちらを何やら睨みつけている者もいる。
しまいには、上座に座っている重悟に『これはありえない。やり直しにすべきだ。もともと炎術士でないものが儀式に参加することが無意味だったのだ』と抗議している者すらいる。

重悟もそれを宥めながらも、動揺を隠すことができないようで顔に混乱がありありと浮かんでいる。

神凪一族は今、混乱の極致にあった。


「…やっぱしこうなっちまったか。はあ…」


面倒事を人一倍嫌う和麻にとって、頭の痛い問題だった。
いっそのこと綾乃に敗北していたのならば良かったかもしれない。そうであれば、このような面倒も起きず、静かで平凡な日々を満喫するという和麻の望みは叶えられたかもしれなかった。

だがそれも時既に遅し。

こうなってしまった以上面倒事は必ず和麻に降りかかってくるであろうし、一族内の反発は予想されてしかるべきだろう。

何しろ自分は無能者なのだ。
分家筋の連中からは『神凪』を名乗ることがおこがましいといわれるほどの。


「それに親父が何考えてんだかさっぱり分かんねえし……」


混乱の只中にある一族の中で、和麻の父親、厳馬だけが異様だった。
巌という字そのものといった風体の父は、その鉄面眉を僅かも崩すことなくただ一人平静を保っていた。

中空に固定されたその視線からは父が何を思い、何を思案しているのかは分からない。だが、その様子はあまりにも不可解だった。
殊にそのいつも通りの態度が不気味であった。
それは例えるならば、まるで和麻が勝利者だと確信していたような―――そんな態度である。


(いや、考えすぎだろう。それよりもやっかいな問題は――)


和麻はその無意味な推測を振り払うように頭を振った。
とにかく、今憂慮すべきことは唯一つ。
つまり――


「―――俺が宗主になんなきゃいけねえのかねぇ・・・」


ということであった。






■ ■ ■






「勘当する」
「―――はい?」



唐突過ぎるその言葉に、和麻は何と言われたのか理解できなかった。







■ ■ ■




「それがお前の意思か」


沈黙が痛い。

此処は神凪宗家の本拠地にある、厳馬の私室。
けっして派手とはいえないその空間の中で、向き合うようにして和麻と厳馬は対峙していた。
そして儀式について報告している時、唐突に厳馬は和麻に問うてきたのだ。

『お前は宗主となる意思があるのか』と。

その質問は前後の会話から何の脈絡もなく、不可解なものだった。
しかし和麻にとってはむしろ好都合といえたのかもしれない。

何故なら、和麻にとって神凪の宗主の座には何の関心も持ってはいなかったし、むしろ遠慮したいとすら思っていたのだ。
というよりもあんな『腐れ』どもを率いる頭などになりたくないということが本音だったが。
それに宗主という役職は思いの他に忙しい。

それは和麻の『人生を楽して平凡に生きる』という大道に反する。
であるからして、和麻は外面はビクビクしながら、内心ではガッツポーズをしながら父にこう言った。


『―――私には無理です、父上。宗主の座は炎術士でなければ勤まらないでしょう。
……儀式に参加できたこと事態が僥倖だったのです』


さも無念そうに呟く姿は、父親に絶対服従している息子という役を見事に演じきっている。
だが、この言葉は和麻の本音が多分に含まれていた。
炎術士でない者が宗主の座についたとしても、周りの者がついてこようとはしないだろう。
いや、そうであるならば組織としての神凪が派閥に分かれて争うことすら考えられる。
だからこの言葉は本音が半分。そして自分を強引に儀式に参加させた厳馬への皮肉が半分といったところだろうか。


『ですから……私には宗主となる意思はありません。いや―――資格がありません…』



その言葉を厳馬はどう受け取ったのか。
一言『……そうか』と呟いたあと、和麻の言葉を吟味するように目を閉じた。

酷く乾いた空気が流れる。
一秒が数分に感じられるほど、時間は遅延している。
耐え難いほどの空気の中、厳馬はゆっくりと口を開き、次の瞬間驚愕の言葉を言い放った。
それは突拍子のない言葉であり、紛うことなき決別の言葉であり、和麻にとっては全く予想しえない言葉だった。



『―――ならば、和麻。お前を勘当する』







■ ■ ■



「――はい?」


何言ってんだこの糞親父?

和麻は素の自分を隠すことが出来ず、すっとんきょうな声をつい漏らしてしまった。
だが厳馬はそんな和麻に遠慮することなく言葉を紡ぐ。



「そもそも炎術士でないお前が神凪にいること事態がおかしかったのだ」
「っちょッ待っ!それはどういうことですか!!父上」



あまりの理不尽さに言葉を荒げてしまう和麻。

和麻の『予定』では大学まではこのクソ偉そうなクソ親父と、
一族の金で生活してそれから家を出るつもりだったのだ。
そう、勘当されること事態は歓迎してもいいのだがこれでは時期が早すぎる。
成人してからが理想的なのにまったく意味がなくなってしまう。

現在和麻は16歳。未だ未成年でしかも高校すら卒業していない。
予定倒しもいいところだ。



「―――分からんか?もう、お前は私の息子ではない」



だが、厳馬は傲然と言い放つ。
和麻の黒い野望――というには俗っぽい願いに気づくことなく淡々と。


(……どうする!?いつか勘当されるかもと思ってはいたがこんなに早くとはー!!)


誤算。誤算。大誤算である。
和麻の灰色の脳が高速で回転し、今陥りつつある危機を回避する策を幾通りにも作り出す。
だが、どうにも決定打が足りない。
目の前にいる敵対存在はどうしようもなく頑固であり、それを引き止める手段を和麻は持っていないのだ。
それでも、諦めることなどできはしない。…そう、諦めたらそこで試合終了である!!


「そう、今日よりお前は私の息子ではない。どこへなりと失せるがいい」
「……父上!!」


決死の覚悟で厳馬を呼び止める。
しかし、


「もう『父上』ではない」


厳馬は冷然と言い放ち、部屋を発とうとする。


「一刻も早く私の視界から消え去れ」
「父上…!!お待ち下さい。まだ私は納得しておりません!!…何故、何故私が勘当されなければならないのですか!!」


そう、どんなに腹の立つ親でも、立派なドル箱なのだ。
今まで苦労してきた分は、きちんと元をとっておかなければ納得などできるはずもない。
だが、厳馬は言いたいことを全て言ったのか和麻のことなど一欠けらも気にせず、もはや目もくれずに部屋を出ようとする。


「何故、何故ですか!!理由が分からなければ後悔もできないではないですか!!」


厳馬は腕にしがみ付く和麻を無表情な目で見下ろし、無造作に振り払おうとするが、和麻の全身全霊を込めた身体は決して離れようとはしない。
そう、和麻は必死だった。何故なら明日の食い扶持がなくなってしまうのだ。
自分の輝かしい人生設計が崩れ去ろうとしているのだ。
今までの人生で5番目ぐらいに必死なその姿は綾乃の試合の時よりも輝いて見えたことだろう。


「放せ下郎」


そんなしつこい和麻への煩わしさを隠そうともせず、厳馬は今までの倍する力で和麻を振り払った。
それにどれほどの力が込められていたのか、和麻は壁にめり込むほどの勢いで床に叩き付けられた。



「っがは!!」


体を思いっきり打ち付け、和麻はその痛みにのた打ち回った。
そして厳馬は振り向くことなく、悠然と歩を進める。


「が・・・はあ」


和麻は床で呻きながら、思う。







―――ああ、くそ痛え。何故自分がこんな目に遭わねばならないのか。
今まで長い間我慢してきた。この16年間は本当に辛かったがそれでもやってきたのは何のためだったのか。
こんなくそったれな人生を送るハメになったのは誰のせいか。
ああ、ほんとに俺はついてねえなあ。ついてねえ。

こんな親父の息子に生まれたのもついていなければ、一族の中で炎を使えなかったこともついていない
ああ、考えれば考えるほどイラついてくる。イラつけばイラつくほど何かを無性に殴りたくなる
それというのも、こんな頑固で偏屈で傲慢なクソ親父のせいであるわけで、そしてそのクソ親父が今目の前にいる――――







溜まりに溜まったストレス。
いつもこのクソ親父にへーこらしてきた自分への怒り。
さしもの和麻ももう限界だった。

―――こんなクソ親父がいるせいで俺は―――

そしてその瞬間、和麻の中で何かが数本、あるいは数十本まとめてぶち切れた。





「………ぇ」



ぼそりと呟く。
それは小さすぎた為か言葉にもならず消えていった。

ゆらりと、さながら幽鬼のように和麻はゆっくりと身体を起こす。
そしてそんな和麻を何の警戒もしていない、ちょうど部屋を出ようとしている厳馬の後ろに立ち――――


「………痛えっつってんだろうがこのクソ親父!!」


――今までの恨み辛みストレスその他諸々がエッセンスされたその拳を、容赦なく激情を込めて厳馬の後頭部にお見舞いした。








■ ■ ■









「………まずった」



和麻は己の迂闊な行為を反省していた。
そう、なにも厳馬に勘当されたことぐらいで切れることはなかったのだ。
いざとなれば、あの優しい宗主にでも頼んで学費やらその他を世話してもらえばよかっただけの話であった。
しかし、


「これじゃあなぁ…」


和麻の目の前には厳馬が完全に気を失って横たわっている。
和麻の拳を後頭部(しつこいですけど急所です)に受けただけあって、恐らくであるが厳馬は一日は目を覚まさないであろう。

この偏屈な親父にこうまでしてしまったのだ。
もしかしたらだが、宗主―重悟に頼んだら迷惑がかかるかもしれない。

重悟は一族の中で和麻を認めてくれた、数少ない味方である。
だからこそ和麻にとってそれは絶対に避けねばならないことだった。



「まっ、済んじまったことはしゃあねぇ。過去よりも現在、現在よりも未来だ」



ポジティブシンキング和麻である。

まず、そこで伸びている厳馬の懐から現金とカードを抜きとる。
何よりも先立つものは金だ。消費大国日本では金がないと絶対に生活はしていけないだろう。
まあ、外国に渡るというのもいいかもしれない。
それは予備の案として考えておくとして。

とにかくやらねばならないことは山ほどある。
そして―――俺はもうどこにでもいけるのだ。



和麻は自分の気持ちが昂ぶっているのを自覚した。
なにせ今まで殴りたいと思ってきた親父を思いっきり――さすがに気とかは込めてませんよ?――殴ったのだ。
これで機嫌が良くならないという方がおかしいだろう。
ストレス解消、気分スッキリ。



「ああ、世界はこんなにも綺麗だったのか…」


そのように感じるほど和麻の精神状態はハイになっていた。
そう、今ならばどんなムカツク野郎でも笑って許せるだろう。
そして――こんな無防備な親父にいたずらをしない手はない。


「くっくっくっくっく………ありがとよ、親父。俺のストレス解消と幸福の為にこんな素敵なプレゼントを最後にしてくれるなんてなぁ」


和麻は嫌らしく笑うと、どこからかバリカンを取り出し、厳馬への最後のアイサツを残し始めた。闇(和麻)が笑う。こんなに楽しいことはないと。こんなに愉快なことはないと。

そしてそのときの和麻は真実悪役そのものであった。







■ ■ ■





次の日の翌朝。和麻は誰にも見つからないよう日が昇りきらないうちに神凪本家を後にした。そしてこれより六年後、和麻が日本に帰って帰ってくる時より、この物語は始まる。





















...........to be continued

































おまけ



そして、朝食の時間に厳馬を呼びに来た女中が見たものは、
逆モヒカンで亀甲縛りにされている、言葉に表すのも痛々しい厳馬の姿であった。
そしてその足元には紙切れが落ちていた。

―――じゃあなクソ親父。
なかなかいいんじゃねえかそのヘアスタイル
あんたには今まで散々な目にあわされてきたがこれで勘弁してやるよ。
俺って優しいだろ?

和麻―――










その日、神凪本邸で蒼い炎が爆発したかどうかは定かではない。



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コメント
バリカン
『蒼炎の厳馬』が亀甲縛りにユカイな髪型‥‥は、腹がよじれる‥‥!
【2007/06/03 22:36】 NAME[ガリアンソード] WEBLINK[] EDIT[]
Re:バリカン
ガリアンソードさん、感想ありがとうございます。

>『蒼炎の厳馬』が亀甲縛りにユカイな髪型‥‥は、腹がよじれる‥‥!
そこは個人的にやってしまったかなと思う部分です。
(コメディ描写が苦手なんで笑いをこんな形でしか取れないのは秘密)

【2007/06/04 08:33】


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